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あえておこなふ、りはびり的あっぷ [いつかのためのたわごと]

東北・関東大震災で被災されたみなさまに、お見舞いを申し上げます。
そして亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

ウチは余震にいまだにおびえる日々ですが、あとはまったく通常の暮らしです。そしてようやく温泉宿に行く機会が近づいてきました。記事のアップをいつまでも先延ばしにするなら、このブログをやめても一緒…と開き直り[雷]
あとは自分の気分が向上するかどうか…。温泉宿に行くようになれば、気分も上向くだろうと信じて、ここにリハビリ的な記事アップをしようと。いつか…次に温泉宿がアップできるように。このブログが本来のありようを取り戻せるように。


今回は、ちょっと前の大阪出張とさらにその前に行ったとあるお宿の一端を何気なくのせてみることに。まずはヒロさんから教えていただいた天王寺のらーめん極に。
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天王寺駅前が工事中で面倒だった。なかなか目的の方向に行けず[バッド(下向き矢印)]でも市立大病院前まで行くと目的のお店が登場。そんなお店で注文したのは、鯛塩ラーメンと鰹とんこつ
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なぜ2種類のラーメンが写真で撮ってあるのか…その理由は秘密です(^^)
鰹風味ととんこつのコラボスープはかなりうまうまでした[揺れるハート]あえて比較すれば、竈の番人のほうが魚介系の出汁がより一層利いているような気がします。でも極のこのラーメンも、しっかり鰹風味が感じられて、単なるとんこつから気高く飛翔しているなぁと感じました。
塩ラーメンは、鯛の出汁が強く感じられる逸品。細めの麺にあうなぁとしみじみ。水菜と鶏肉という具は滅多にお目にかかれないものながら、たしかにこのラーメンにはあう[NEW]。かなり特徴のある味わいですから、ここでしか食べられないのかも。こっちも美味かった[グッド(上向き矢印)]

2011年の4月は、とある伊東園Gのお宿に行く予定が崩壊したため、急遽、その代わりとして親族一同の旅は、房総の海沿いへ[soon]
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この建物は、変わった形なんですが、下のような海沿いにあります。右下の道路下のところから津波が建物まで押し寄せたそうです。さらに、どうも液状化の被害もあったようです。
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だからなのか?それとも単に旅行客が減ったのか、土曜の夜だというのに、稼働率は40%程度だそうです。いつもは満室に近いはずなのに。ちなみに温泉じゃないです。そんなお宿でいただいた夕食の一部。
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刺身はうまうま[かわいい]
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伊勢海老は…う~ん。衣のピーナッツとつけダレの味しかわからんぞ?
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地元産の牛・豚・鶏肉がひとつの陶板に載っていて、焼くと油が混じる。でもこれはなかなか美味かったので良しとします。
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なぜか食べ放題のイワシの丸干し。これが一番の美味だった[るんるん]かも。ごはんとかデザートとか、一部がバイキングになっていて、いろいろと喰ってしまいました[あせあせ(飛び散る汗)]それにしてもこんな料理の写真をわざわざガタイのしっかりしたデジイチで撮影するとは…どう見ても変な人だったかも[たらーっ(汗)]やっぱり旅にはコンデジだなっ!!!と再確認[爆弾]まぁデジイチの練習を兼ねてだったから、それなりに楽しかったんですけど。大阪には持って行ってないですよ。重いから。
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最後は桜[ぴかぴか(新しい)]大阪出張に行って、何をしてきたんだ[むかっ(怒り)]って怒鳴られそうですが、ちょいと寄り道して、こんな桜の美景に出会うことができたので、ささくれだった心もちょっとだけ穏やかになったような気がします[グッド(上向き矢印)]
さあ、温泉宿に行くぞ[かわいい]
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こぞのはづきをおもふ [いつかのためのたわごと]

これまでの世界を一変させた3・11。あれ以来、何もかもが変わってしまった気がする。
このあとこのブログを継続するとしても、どうにもケジメをつけておきたい…でも何もできず。

それからとうとう1か月弱…去年の8月に出かけた時の写真を改めて見始めた。ここに切り取られたかけがいのない光景はもはやどこにもないかも知れない。胸が締め付けられる。
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塩竃神社から望む塩竃港。塩竃市も当然のことながら津波の被害を受けた。神社だけはかなり高いところに位置したが、門前を飾る町並みは、どうなっているのだろう。銘菓「しほかま」で有名な丹六園はどうなったのだろう…あの趣ある建物は…

そして追分温泉近くの釣石神社。落ちそうで落ちない受験生のため?のような石に注連縄。水かさはどこまでだったのだろう。
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釣石神社の上から北上川をみれば、集落が堤防道路より低いことは一目瞭然。そして河口がすぐ近くであることも。津波の被害が甚大であったことはいうまでもない。
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そんな集落は…去年の9月には豊かな稔りで充ち満ちていた。あの集落の住宅が悉く流されたというのか。あまりに凄惨なその情景を思い浮かべることは極めて困難なのだが…それも現実。

川沿い、堤防上の道路を走ると、北上川の穏やかな流れが、広大な葭原を育んできたことを体感できる。そこには船がたゆたい、そして日本の残したい音風景が生み出された。
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美しい音色は今後も響くのだろうか。

そしてこの川からわずかの距離に展開した、とある集落。ここが旅の目的地であった。いたって普通の、田舎の集落に過ぎないその場所。そしてそこに流れる固有の時間。
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そんななかに身を置きながら、いろんなことを考えた。そして自家用と思しきトウモロコシや枝豆が、まさに家に隣接する菜園でたわわに実っているのをみて、その素朴な暮らしに引き込まれた。直接売ってくれないかな…などとムシのいいことを思いついたり。でも農作業中のかたにそんなことを話しかける勇気はなく。
この集落も、被害マップを見る限り、相当なダメージを受けたものと思われる。もはや二度とあのような時間を取り戻すことができないのか…それとも…
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その集落から堤防上の道路に戻ろうとすると、急坂をあがることになる。釣石神社のある集落と同様、堤防より低い位置に集落が展開したことが実感される。

そして…内陸でも。
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川渡温泉にあるこのお宿も建物に被害があった模様。でも4月からは営業を再開しているようです。復興支援のためにも、必ず再訪します。絶対に。このお宿からの帰路に立ち寄った以下のような蔵元。震災の影響はあったのだろうか?無事にお酒造りを続けることができているのか…宮城や福島の蔵元にも頑張ってほしい。また購入します。
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いつの日か、確認の旅に出なければ…。そしていまは自らの心を寄り添えて。

地震・津波の被害にさらなる追い打ち、それは原発。汚染水が海水にそのまま出ているなんて…水産物までもか…
そう思っていたら、朝日新聞4月1日の夕刊、素粒子というコラムにこんなことが。

今こそ東京に原発を。東京湾を埋め立てて計画中の12基全部引き受けよう。高速増殖炉や廃棄物処分場も一緒に。電力不足は一挙に解決し核燃料サイクルは完成。二酸化炭素も削減できる。何より福島の人たちの苦労がわかる。そこを「原子力村」と名付けよう。どうですか東電さん、保安院さん。班目委員長、これぐらい割り切ってみては。

コラムの内容は非現実的かも知れないけれども、今起きている事態が、3・11以前は、非現実的として班目委員長がかつて相手にしなかった事態なのだから、このコラム程度のことが想定されてもいいのかも知れない。
そうですよね。やっぱり東京を中心とした首都圏が引き受けるべき課題なんですよね。東京湾に原発が浮かぶと、千葉も湾岸沿いは、素早く被災するな。ウチも逃げるすべはない。諦めよう、そのときは。

こんな記事を書いて内心を吐露しても、何のタシにもならないが、それでも何らかの仕切直しにはなるのかも…そして、次の温泉宿に行ってみようという意欲が少しずつ高まってくる。いまできることを、いまのうちに。とりあえず行ってみたい宿を予約してみよう。そして精一杯楽しんでくることにしよう。

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